今年は格別、陽射しも強けりゃ晴れの日も続いた、
とんでもないばかりの夏が過ぎ。
あちこちから作物の生育不良との報告が届く中、
それでも まま、
京の都の周辺や近江は、
何とか夏場の雨を確保出来たことから、
米の育成だけは順当に進んでいたようで。
『たーも様も いしょがしかったのね。』
日照りや雨を司るよな 天の采配。
それを自在にどうにかするなんて大きなことは、
それこそそれを下される“天帝様”でもなきゃ出来ないことながら。
大地に住まう者からも“お使い様”として、
神に準ずる存在として慕われている身の天狐の長としては、
そうそう無下なことも出来ないか。
目の届く限りのあちこちへ、
力の及ぶ限りの慈雨をと奮闘してくれたらしく。
「裏山の緑も例年どおりに青々としておりましたし、
薬草も枯れず衰えずで、たくさん収穫出来ましたものね。」
何も暑いときに要りようなものばかりじゃあない。
寒くなってから体の節々が痛むのを和らげる煎じ薬や、
咳に効く飲み薬、アカギレに効く塗り薬も、
その原料には、
夏場に根や葉が育たにゃ薬効が望めぬものが多々あるため。
苛酷な気候ばかりじゃあなかったのは大いに助かったと、
書生の少年も胸を撫で下ろしていたものだったが、
「♪♪♪♪〜♪♪」
小さな小さな仔ギツネ坊やには、
何がどういう恩恵かも、まだまだよくは判ってないらしく。
午前中こそ、セナくんが蔵で薬草の整理をしていたのをお手伝いしたり、
おやかま様が古くなった御簾の房を片付けがてら、
ちょろちょろって振ってもらって遊んでもらったり。
お屋敷できゃっきゃとはしゃいでのそれから、
お昼を回ると、書き仕事を始められた皆さんだったの邪魔せぬように、
裏のお山まで遊びにと伸してって。
自分のより猫のお尻尾によく似た、
エノコログサの穂をさわさわって撫でたり。
そろそろ綿毛も出ようが、まだ銀色のままなのが多いススキの草むらが、
しゃわしゃわと風に揉まれて音を立てるの、おおうとビックリしてみたり。
ぴょこたん撥ねたり、とたとた駆けたり、
時々でたらめなお唄を歌いつつ、いつもの広っぱまでを歩んでおれば、
「……うや?」
あれれ? いいによいがすると、
仔ギツネさんのあんよが止まる。
人の和子のときはちょみっと小さめの低いお鼻を、
それでも宙へと立てるように上へ向けて。
空を仰ぐようにして くんすんと嗅げば、
甘くてきれぇなその匂いは、こっちよこっちと坊やを招く。
上の縁にユリのお花が一杯咲いてた切り通しを抜けると、
陽に照らされた枯れ草の野原が現れて。
夕方になると金色に染まるが、
今はまだ、ちょっと目映い小麦色。
乾いたそこへ え〜いって飛び込むの、
ホントは大好きなくうちゃんだけれど。
今はちょっとお預けねって手を振って、
ぱたぱた・とたとた、匂いを追えば。
そちらはまだ緑の多い木立の中へと 続いてて。
お顔に当たる枝をも恐れず、わさわさ・がさごそ入り込み、
湿った枯れ葉の匂いの中に、一条だけ際立った水脈のように立つ、
甘い匂いをひたすら追って追っていったらば。
「はや?」
ちょっぴり波打った縁の、緑の葉っぱのいっぱいついた、
細い木が何本か立ってる広っぱに出た。
「あえ…?」
ここもくうちゃんには遊び場のひとつで、
足元の芝の下生えがふかふかになるのが気持ちいいと、
ころころと転がって遊んだの。
そこに生えてた木に、小さなお花がいっぱいぱい咲いてて、
そのお花たちからだろう、とってもいい匂いがして。
うわぁ〜とお顔をほころばせておれば、
《 あのねあのね、こんにちは。》
「…はや?」
そんなに高くはないのだけれど、
それでも自分よりは大っきな木を見上げる坊やへ
話しかける声があり。
振り返るとそこには、
黒々とした髪をおかっぱに切り揃え、
小袖に緋袴姿の愛らしい女の子が立っている。
どこぞかの官女か、
いやいやくうちゃんと変わらぬほどの見目だから、
まだ幼すぎてそんなはずはなかろうし。
何よりこんな山奥にひょこりといることがまず不思議。
他には誰の気配もなく、
だが迷子にしては怯えているよな態度でもなく。
「えとうと。」
誰かな誰かな、と。
小首を傾げる仔ギツネ坊やへ、その少女はにこりと微笑い、
《 夏の間はいっぱい遊んでくれてありがとう。》
つややかな髪を揺らし、それは丁寧に頭を下げて見せる。
「はやや?」
何のことやらとキョトンとしているくうちゃんへ、
《 蝶々と鬼ごっこしたり、小鳥さんたちと歌ったり。
あの鬼神様と隠れんぼしたりしてたでしょ?
そんなときどきに、
風の悪戯に微笑ってくれたり、
わたしたちの陰に隠れたり、木陰を重宝してくれたり。
そうやって遊んでくれたのが嬉しかったの。》
黒々とした瞳をたわめてにこりと笑い、
すっと差し出したのが、小さいながらも錦の袋。
何が入っているのか、くうちゃんの拳二つ分はあったが重さは軽く。
《 雪が降るまでまだ間があるから、それまでもずっと遊んでね?》
仔ギツネさんとあんまり変わらない子供なのにね。
微笑ったお顔は、どこか大人のようでもあって。
それであろうか、
「うん…えと、はい。また あしょぶのね。」
ついつい大人相手のような いいお返事をしたくうちゃんへ、
ますますのこと笑みを深めた少女は、
そのままパッと…姿を消した。
◇◇
「ホントなんだもの、いなくなったんだもの。」
「判った判った、嘘だなんて言ってねぇだろ。」
しばらくほどポカンとしていた くうちゃんだったが、
何が何だかよく判らないことだったので、
これは大人に訊こうと、目指した相手が阿含さん。
いつもの背の高い木の上で伸び伸びお昼寝してたのへ、
ぴょーいぴょいと飛んでってのお腹にまたがって。
身振り手振りしてお話ししたらば、
「そりゃあ きっと、この森の木の代表だな。」
「きのだいひょー?」
ああと、大きな手で、
坊やの真ん丸な頭を包み込むようにして撫でてやり、
「俺やお前んトコの白い陰陽師が咒をかけてるんで、
ここにゃあ滅多なことじゃあ人は立ち入らねぇが。
やたら荒らされないものの、それだと困る向きもあってな。」
森というより端っこは林、
人の手が入って様々な樹も植えられた混成森なので。
低木なんぞは時々周囲を刈ってもらわぬと飲み込まれるし、
根本に堆積している落ち葉も、
時々は踏んで掻き回してもらった方が、空気も入ってよく熟す。
「お前やあの小っこいのが、
薬草を採りにと時々入ってくるのが助かってると、
言いたかったんだろよ。」
袋の中身はたくさんの松の実で。
それは熟した大粒のばかりが乾かしてあって、
薬にも料理にもたっぷり使えるとセナくんやツタさんに喜ばれた。
いいによいの素は、どうやら金木犀というお花だったようで、
『そうか、もうそんな花が咲いておるのだな。』
いよいよの秋だなぁんなんて、
おやかま様がふふんと口許ほころばし、
ツタさんにもらった蒸かし饅頭をあむあむしていたくうちゃんの、
真ん丸頭をやっぱり撫で撫でしてくれて。
かんがいっていうのを、堪能してらした。
ススキがもっともっと綿毛になって、
くうのお尻尾みたいになったら。
そこからは一気に さむさむがやって来るからね。
今のうち、いっぱいぱい遊んでおこうねと、
あぎょんとも、せ〜なとも約束した、
仔ギツネさんだったそうでございます。
〜Fine〜 10.10.08.
*今日はまた、朝から爽快な風が吹きまくりで、
洗濯日和でもございましたが。
稲刈り中の方々にはどうなんでしょうね。
涼しくて助かるか、何のワラくずが飛んで面倒か。
少しずつながら、どんどんと秋も深まって参りますねぇ。
めーるふぉーむvv

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